【昭和版】刑事ドラマや映画が似合う刑事役俳優の人気ランキングと一覧まとめ

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昭和時代(1926年〜1989年)、特に1970年代〜1980年代は日本の刑事ドラマの黄金期と呼ばれています。gooランキングが実施した「最高に面白かった昭和の刑事ドラマランキング」では、1位『太陽にほえろ!』、2位『西部警察シリーズ』、3位『あぶない刑事シリーズ』がトップ3を占めました。

昭和の刑事ドラマの特徴は、派手なアクションシーンと人間ドラマの融合です。『西部警察』では破壊された車両総数4,680台、総火薬使用量4,800kgという驚異的なスケールを誇り、『太陽にほえろ!』では個性豊かな刑事たちのニックネームや殉職シーンが視聴者の心に強く残りました。

本記事では、昭和に放送が始まった刑事ドラマ・映画を中心に、刑事役が似合う俳優の魅力を徹底解説します。

昭和の刑事役が似合う俳優人気ランキングTOP10

1位:石原裕次郎(太陽にほえろ!)

昭和を代表する刑事役俳優として、石原裕次郎さんが1位に輝きました。

1934年12月28日生まれ、神奈川県出身(1987年7月17日逝去、享年52歳)。1972年7月から1986年11月まで、日本テレビ系列で放送された『太陽にほえろ!』で、警視庁七曲警察署捜査第一課係長・藤堂俊介(通称:ボス)を演じました。

全718回が放送された長寿番組で、1979年放送回では視聴率40.0%という驚異的な数字を記録。刑事ドラマ史上最高の視聴率として、民放テレビ局の連続ドラマ枠における歴代視聴率ランキングでも6位に君臨しています。

個性豊かな刑事たちをニックネームで呼び合い、チームワークで事件を解決していく姿を描き、日本の刑事ドラマの金字塔と称されました。石原プロモーション創立者として、俳優業だけでなくプロデューサーとしても活躍しました。

2位:渡哲也(西部警察・大都会)

渡哲也さんは、『西部警察』シリーズと『大都会』シリーズで刑事役を演じ、昭和を代表する二枚目刑事俳優となりました。

1941年12月28日生まれ、島根県出身(2020年8月10日逝去、享年78歳)。石原裕次郎亡き後、石原プロモーションの二代目社長として事務所を盛り立てました。

『大都会 闘いの日々』(1976年〜1979年)では警視庁捜査四課の刑事・黒岩頼介を演じ、社会性の強い骨太な人間ドラマを描きました。続く『西部警察』シリーズ(1979年〜1984年)では、警視庁西部警察署捜査課の大門圭介部長刑事として”大門軍団”を率い、巨額の予算を投じた銃撃戦やカーチェイスで話題となりました。

「現代ではもう同じことはできないのではないか」と言われるほどの派手なアクションシーンが見どころで、「勉強よりも優先していたのが『西部警察』だった」「大門軍団は今でも大好き」という声が多数寄せられています。

3位:舘ひろし(あぶない刑事)

舘ひろしさんは、1986年放送開始の『あぶない刑事』シリーズでタカこと鷹山敏樹を演じ、スタイリッシュな刑事像を確立しました。

1950年3月31日生まれ、愛知県出身。横浜港警察署に勤務する型破りな刑事として、柴田恭兵さん演じるユージとの破天荒コンビで活躍しました。

ねとらぼリサーチが実施した「1970〜1980年代の刑事ドラマ人気ランキング」では、『あぶない刑事シリーズ』が1位(得票数627票、全体の40%)を獲得。「ファッションも大好きで高校生ながらジャケットを買って着たりとかサングラスも真似してました」という声が寄せられるほど、ファッショナブルな刑事像を描きました。

粋なジョークとクールなアクションで犯人を追いつめる姿が人気を博し、従来にはない新しい刑事ドラマのスタイルを確立しました。

4位:柴田恭兵(あぶない刑事)

柴田恭兵さんは、『あぶない刑事』シリーズでユージこと大下勇次を演じ、舘ひろしさんとの名コンビで人気を博しました。

1951年8月18日生まれ、徳島県出身。バイクを乗り回したり、銃をぶっ放したりと見どころ満載のアクションシーンを披露しました。

刑事ドラマといえば人情物が多い中、派手なアクションシーンや痛快なコメディ要素が取り入れられ、これまでになかったような新しい刑事ドラマのスタイルを確立。「今観ても古臭さを感じさせない、ガンアクションやカーアクションはサイコーにカッコいい」と評価されています。

横浜を舞台にした作品で、赤レンガ倉庫や山下公園、中華街などが印象的なロケ地として使われました。

5位:萩原健一(太陽にほえろ!)

萩原健一さん(愛称:ショーケン)は、『太陽にほえろ!』で初代若手刑事・マカロニこと早見淳を演じました。

1950年7月26日生まれ、埼玉県出身(2019年3月26日逝去、享年68歳)。ザ・テンプターズのヴォーカルとして音楽活動をしていましたが、1972年の『太陽にほえろ!』放送開始時から1974年10月まで出演し、長髪にノーネクタイ、三つ揃いで身を固めた風貌が「マカロニ・ウェスタン風」と評されました。

石原裕次郎が番組の看板だった一方、実質は萩原健一演じる未熟な若手刑事マカロニの成長を描いていたと言われています。マカロニ編は『太陽にほえろ!』シリーズの原点として特に重要視されています。

6位:松田優作(太陽にほえろ!)

松田優作さんは、『太陽にほえろ!』でジーパン刑事こと柴田純を演じ、カリスマ的人気を博しました。

1949年9月21日生まれ、山口県出身(1989年11月6日逝去、享年40歳)。1975年から1976年まで出演し、その後の映画『野獣死すべし』『探偵物語』などで演技派俳優としての地位を確立しました。

ジーパン刑事の殉職シーンは視聴者に強烈な印象を残し、「太陽にほえろ!」を卒業後も刑事ドラマ『俺たちの勲章』(1975年)に出演。中村雅俊さんとのコンビが主役の若手刑事ドラマとして人気を博しました。

7位:露口茂(太陽にほえろ!)

露口茂さんは、『太陽にほえろ!』で山さんこと山村精一を演じました。

1932年5月8日生まれ、神奈川県出身(2023年11月19日逝去、享年91歳)。1972年の放送開始から1986年まで出演し、知性派の刑事として勤務中に賭け麻雀に興じる初期のアウトロー的なキャラクターから、次第に経験と推理力をベースにした沈着冷静なキャラクターへと変化しました。

1986年に銃で撃たれて殉職するシーンは、視聴者に大きな衝撃を与えました。理性的で冷静な分析力を持ち、どのような状況でも感情に流されない姿が印象的でした。

8位:丹波哲郎(Gメン’75)

丹波哲郎さんは、1975年放送開始のTBS系『Gメン’75』で黒木警視を演じました。

1922年7月17日生まれ、東京都出身(2006年9月24日逝去、享年84歳)。1975年から1982年まで足掛け7年にわたり放送された長寿シリーズで、全509話を数えました。

ハードボイルドを掲げた大人向けのビターな作品で、権力者による不正、反社会勢力による悪事、社会の歪みから生んだ事件を取り上げ、社会的弱者の悲しみを徹底的に描写しました。後味の悪い終わり方も多く、エンディングテーマ「面影」が余韻を引っ張りました。

9位:沖雅也(太陽にほえろ!)

沖雅也さんは、『太陽にほえろ!』でスコッチ刑事こと沖田隆夫を演じました。

1952年6月12日生まれ、大分県出身(1983年6月28日逝去、享年31歳)。1977年から1980年まで出演し、ボン、スコッチ、ロッキーの「黄金期」を支えた一人として知られています。

1983年に31歳の若さで亡くなり、石原裕次郎は相当なショックを受けたと言われています。『太陽にほえろ!』最終回において、石原はスコッチ刑事に言及してアドリブで命の大切さを説く演技を見せました。

10位:勝野洋(太陽にほえろ!)

勝野洋さんは、『太陽にほえろ!』でテキサス刑事こと島公之を演じました。

1949年7月27日生まれ、熊本県出身。1975年から1980年まで出演し、テキサス、ボン、スコッチの「黄金期」を形成した一人として人気を博しました。

「マカロニやジーパン、テキサス。きりがないわ」という声が寄せられるほど、『太陽にほえろ!』は次々と個性豊かな刑事を輩出し、殉職による刑事たちの入れ替わりがドラマの特徴となっていました。

昭和の刑事ドラマの特徴

派手なアクションシーン

昭和の刑事ドラマ最大の特徴は、テレビの枠を超えた派手なアクションシーンです。

『西部警察』シリーズでは、破壊された車両総数4,680台、総火薬使用量4,800kgという驚異的なスケールを誇りました。フェアレディZが運河を豪快にジャンプするシーンや、ド派手な爆破シーンが男子の心を鷲掴みにしました。

『太陽にほえろ!』では、刑事たちがよく走ることでも有名でした。最初の中心監督・竹林進が「人間の最も美しい姿は一生懸命走る姿である」という考えの持ち主だったため、犯人が走って逃げ、刑事も追走する「走る」刑事ドラマとして確立されました。

個性豊かな刑事のニックネーム

『太陽にほえろ!』の大きな特徴は、刑事たちが互いをニックネームで呼び合うことでした。

マカロニ(萩原健一)、ジーパン(松田優作)、テキサス(勝野洋)、ボン(宮内淳)、スコッチ(沖雅也)、ロッキー(木之元亮)、スニーカー(山下真司)、ドック(神田正輝)、ラガー(渡辺徹)など、個性豊かな刑事たちが次々と登場しました。

それぞれの刑事に豊かな個性を与え、刑事を主役にした「青春アクションドラマ」を展開。事件と犯人を中心に描かれていた従来の刑事ドラマと一線を画しました。

殉職シーンによる衝撃

昭和の刑事ドラマでは、主役級の刑事が殉職するシーンが視聴者に強烈な印象を残しました。

『太陽にほえろ!』では、マカロニ、ジーパン、ゴリさん(竜雷太)、山さん(露口茂)など、多くの人気刑事が殉職。『西部警察』では寺尾聰演じるリキこと松田刑事の殉職があまりにもショックで、殉職回は封印しているというファンもいました。

殉職シーンは特にドラマの見せ場であり、当時の子どもたちにしきりに真似をされたと言われています。

人間ドラマの重視

昭和の刑事ドラマは、事件の解決だけでなく、刑事たちの人間ドラマにも重点を置きました。

『大都会 闘いの日々』では、渡哲也演じる黒岩頼介が常に葛藤する人物として描かれ、最終回では酒に逃げた黒岩がテーブルに突っ伏して「およげ!たいやきくん」を歌うシーンが印象的でした。

人情ものとアクションものの要素をバランスよく盛り込み、銃を撃つことに葛藤を抱えながら捜査をする姿や心情の揺れを丁寧に描くことで、ストーリーとしてのサスペンスが生まれました。

昭和の名作刑事ドラマ

太陽にほえろ!(1972年〜1986年)

石原裕次郎主演。警視庁七曲警察署捜査第一課の藤堂係長(通称:ボス)を中心に、ニックネームで呼び合う個性豊かな刑事たちの活躍を描く。

1972年7月21日から1986年11月14日まで、日本テレビ系列で全718回が放送された長寿番組。1979年放送回では視聴率40.0%を記録し、刑事ドラマ史上最高の視聴率となりました。

大野克夫作曲のメインテーマは、井上堯之バンドによる演奏でハモンド・オルガンのファンキーなフレーズが冴え、昭和を代表する刑事ドラマ音楽となりました。

西部警察シリーズ(1979年〜1984年)

渡哲也主演。警視庁西部警察署捜査課の大門圭介部長刑事を中心とした”大門軍団”が凶悪犯罪に立ち向かう。

『大都会』シリーズをさらにパワーアップして制作され、1979年から1984年の5年間にわたって「西部警察」「西部警察 PART-Ⅱ」「西部警察 PART-Ⅲ」とシリーズ化。全126話が放送されました。

理不尽なまでに凶暴かつ極悪非道な被疑者たちを、ひたすらハードに追い詰めるダイナミックなハード・アクションが特徴。特殊な武装をした警察車両が登場し、マシンXに代表される特殊車両がミニカーやラジコンとして実際に販売もされました。

あぶない刑事シリーズ(1986年〜1989年)

舘ひろし・柴田恭兵主演。横浜港警察署に勤務する型破りな刑事、タカとユージが活躍する。

1986年に第1作が放送されて以降、「もっとあぶない刑事」(1988年)とテレビシリーズが続き、その後も映画化されて大人気シリーズとなりました。横浜を舞台に、舘ひろしと柴田恭兵が演じるスタイリッシュな刑事像を確立し、その後の刑事ドラマに大きな影響を与えました。

「アドリブあり、ファッションセンス、流行語を入れるギャグセンス」が魅力で、ゴールドのレパードの覆面パトカーが豪快なスピンターンを披露する日本大通りのシーンも印象的でした。

Gメン’75(1975年〜1982年)

丹波哲郎主演。警視庁特別機動捜査隊(通称:Gメン)の活躍を描く社会派刑事ドラマ。

1975年から1982年まで足掛け7年にわたり放送され、全509話を数える長寿シリーズ。ハードボイルドを掲げた大人向けのビターな作品で、権力者による不正、反社会勢力による悪事、社会の歪みから生まれた事件を取り上げました。

菊池俊輔作曲のドラマティックな音楽と、しまざき由理が歌うエンディングテーマ「面影」が後味の悪い終わり方の余韻を引っ張りました。

特捜最前線(1977年〜1987年)

二谷英明・大滝秀治主演。警視庁特別捜査本部の刑事たちによる正統派刑事ドラマ。

1977年から1987年まで足掛け10年にわたり放送され、全509話を数える長寿シリーズ。いぶし銀の特命捜査課刑事たちによる、70・80年代刑事ドラマの正道・王道ともいえる作品です。

藤岡弘さん演じる桜井刑事や、夏夕介さん演じる叶刑事など、個性豊かな刑事たちが人気を博しました。温かい人間味のあるストーリーが魅力でした。

大都会シリーズ(1976年〜1979年)

石原裕次郎・渡哲也主演。石原プロが手掛けた最初のシリーズドラマ。

『大都会 闘いの日々』(1976年)では、警視庁捜査四課の刑事・黒岩頼介(渡哲也)と、東洋新聞城西署記者クラブキャップ・滝川(石原裕次郎)を中心に、暴力団犯罪の陰に潜む非業のドラマを描きました。

1作目は社会性が強い内容でしたが、2作目からは銃撃戦やカースタントなどのアクションシーン満載の内容となり、後の『西部警察』へとつながりました。

大追跡(1978年)

加山雄三主演。遊撃捜査班という特別部署の刑事たちを描いた作品。

加山雄三、沖雅也、長谷直美、柴田恭兵、藤竜也と、刑事ドラマ史における重要俳優が共演。無国籍な雰囲気を持つ横浜が舞台で、刑事たちがその場のノリでアドリブの応酬をするスタイルが特徴的でした。

大野雄二作曲の「大追跡のテーマ」は、ジャズやフュージョンの要素があるスタイリッシュなもので、『ルパン三世』の音楽が好きな人に人気の楽曲となりました。

昭和の刑事役俳優に求められた要素

アクション能力

昭和の刑事ドラマでは、激しいアクションシーンが不可欠でした。

カーチェイス、銃撃戦、格闘シーン、犯人追跡など、体を張ったアクションが求められました。『西部警察』の大門軍団や『あぶない刑事』のタカとユージのように、バイクを乗り回したり、銃をぶっ放したりする姿が視聴者を魅了しました。

個性とニックネーム

『太陽にほえろ!』の成功により、刑事一人一人に豊かな個性を与えることが重要視されました。

マカロニ、ジーパン、テキサスなど、ニックネームが刑事のキャラクターを象徴し、視聴者に強い印象を残しました。それぞれの刑事に異なるバックグラウンドや性格を持たせることで、多様な人間ドラマが生まれました。

殉職シーンでの演技力

昭和の刑事ドラマでは、殉職シーンが大きな見せ場となりました。

視聴者に強烈な印象を残す殉職シーンを演じる演技力が求められ、マカロニ、ジーパン、ゴリさん、山さん、リキなど、多くの人気刑事の殉職が視聴者の記憶に刻まれました。

チームワーク

ボスを中心とした七曲署のチームワークや、大門軍団の結束など、刑事たちの絆を描くことが重要視されました。

ベテランと若手がバランスよく配置され、互いに支え合いながら事件を解決していく姿が、昭和の刑事ドラマの魅力でした。

昭和の刑事ドラマの社会的影響

新宿西口高層ビル街のシンボル化

『太陽にほえろ!』のオープニングで、ボスこと藤堂係長が京王プラザホテルをバックに歩くシーンが印象的でした。

1971年に竣工した京王プラザホテルは、日本のビル高層化の先駆けとして、昭和ドラマにたびたび登場するロケ地となりました。高度成長期の東京を象徴する場所として、東京を舞台にした刑事ドラマはほぼ全て、一度はここでロケしていたと言われています。

横浜のイメージアップ

『大追跡』『あぶない刑事』シリーズにより、横浜が刑事ドラマの舞台として定着しました。

赤レンガ倉庫、山下公園、中華街、日本大通りなど、横浜を舞台にした刑事ドラマには欠かせないエリアが確立されました。『あぶない刑事』では、伝説のバー「POLE STAR(ポーラスター)」と「Star Dust(スターダスト)」も登場し、横浜の大人の夜を象徴しました。

カーアクション文化の定着

昭和の刑事ドラマに欠かせないものは、カーアクションでした。

派手なクラッシュや爆発、豪快なジャンプシーンを観て、クルマ好き度を増した40代以上の昭和世代が多数生まれました。芝浦・海岸界隈がカースタントシーンの定番ロケ地となり、現在ゆりかもめやレインボーブリッジが架かる橋げたの下辺りには、当時は汐留の操車場から貨物用の支線が通っていました。

若手俳優の登竜門

『太陽にほえろ!』は、若手俳優を数多く輩出する登竜門となりました。

神田正輝、山下真司、渡辺徹、三田村邦彦、世良公則、地井武男など、多くの俳優が『太陽にほえろ!』を経て人気俳優となりました。殉職による刑事たちの入れ替わりが多いため、次々と新しい刑事が登場する仕組みが確立されました。

昭和から平成へ:刑事ドラマの変遷

アクションから推理へ

昭和後期の1986年には『太陽にほえろ!』が終了し、刑事ドラマは派手なアクションから知的な推理へと移行していきました。

平成に入ると、『古畑任三郎』(1994年)のような倒叙ミステリーや、『踊る大捜査線』(1997年)のような警察組織のリアルな描写が主流となり、昭和の刑事ドラマとは異なる方向性を示しました。

石原プロの衰退

石原裕次郎の逝去(1987年)により、昭和の刑事ドラマを支えた石原プロモーションの勢いが衰えました。

渡哲也が二代目社長として事務所を盛り立てましたが、『西部警察』のような大規模なアクションドラマを制作することは次第に困難となり、平成以降は刑事ドラマの制作スタイルが大きく変化しました。

ロケ地の変化

昭和の刑事ドラマの定番ロケ地だった新宿西口、芝浦・海岸界隈、横浜などは、再開発により当時の面影を失いました。

平成になり歩道を整備した関係で、日本大通りなどでレパードの覆面パトカーが豪快なスピンターンを披露した場所の面影はだいぶなくなり、オシャレなショッピングモールに変身した横浜・赤レンガ倉庫など、ロケ地の風景が大きく変わりました。

まとめ

昭和の刑事役が似合う俳優ランキングは、1位:石原裕次郎(太陽にほえろ!)、2位:渡哲也(西部警察・大都会)、3位:舘ひろし(あぶない刑事)という結果に。昭和の刑事ドラマは派手なアクションと人間ドラマの融合が特徴で、個性豊かな刑事のニックネームや殉職シーンが視聴者の心に強く残り、新宿西口や横浜のイメージアップ、カーアクション文化の定着、若手俳優の登竜門など大きな社会的影響を与え、日本の刑事ドラマの黄金期を築きました。

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